文庫における"古典"

岩波文庫の収録書目選定においては,「読書子に寄す」にもある万人が必読すべき真に古典的価値ある書ということが一つの基準になっているのは確かでしょう。

この古典的という言葉については,いろいろ解釈できるでしょうが,現在の岩波文庫には,
第2次世界大戦後の作品も含まれているので(たとえば野間宏),必ずしもclassicsということではなく,
standardとでも解すべきでしょうか。

それについて,かつて岩波書店が,世界の文庫本出版社にその刊行方針をきいたことがありました。
設問中に,「クラッシックという範疇についてのお考えは? 例えば,1930年を境としてクラッシックと現代作品とを分けていますか?
 あるいは新しいものでも古典的価値ありと考えられるのものがあれば,収録しますか。」というのがあり,
それに対する各社の答えは次の通りでした。

・レクラム文庫(独)……ドイツ語の用法では,ドイツ・クラッシックとは,
狭い意味でゲーテおよびシラー時代の古典的な文学の時期を指しています。フランスのクラッシックというのは,私どもはコルネイユ・
ラシーヌの時代と解しています。19世紀および20世紀の著作者たちは,別の部門で取り扱っています。計画は学問上の使用のための,
より特殊な原典の方へ向かって,漸次的ながら進んでいます。

・シグネット文庫(米)
……19世紀中頃以降に書かれた著作はクラッシックスとしては扱っていません。標準を一般読者および学生におき,
少なくとも10万単位の読者をめあてにしています。

モダン・ライブラリ(米)
……時代や範囲に制限はしていません。著作が重要なものである点,
および商業的に健全な企画であるということに十分応じられるものであるという点に置いています。

このアンケート,各社とも社風(あるいはお国ぶり)が出ていて面白いのですが,戦後50年が過ぎ,
今後岩波文庫がより古典指向を強めるのか,積極的に新しい作品を取り込んでいくのか,興味あるところです。最近収録された書目をみると,
旧版の焼き直しや全集本からの摘録などが多く,新しい作品を取り入れるということに関しては,やや消極的に見えるのではないでしょうか。