最初の岩波文庫

昭和2年(1927年),最初に刊行された岩波文庫は,次の31点でした。そしてその後の行方は….

夏目漱石 こころ 1934;41;67;89年改版
プラトン ソクラテスの弁明・クリトン 37;50;64改版
島崎藤村自選 藤村詩抄 37;51;57;95改版
樋口一葉 にごりえ・たけくらべ 61改版
トルストイ 戦争と平和(1) 39;55;84改版
幸田露伴 五重塔 37;56;94改版
正岡子規 病状六尺 84改版
ストリントベルク 父 39改訳
倉田百三 出家とその弟子 35;52;62改版
チェーホフ 桜の園 37;50;62改訳
武者小路実篤 幸福者 38改版
国木田独歩 号外 39;60改版
ポアンカレ 科学の価値 37;77改版
リッケルト 認識の対象 38改版
小林一茶 おらが春・我春集 37;92改版
島崎藤村編 北村透谷集 絶版-勝本清一郎校訂の選集へ
レッシング 賢者ナータン 58改版
ストリントベルク 令嬢ユリェ 初版のみで絶版
トルストイ 闇の力 38改版 絶版
正岡子規 仰臥漫録 43;83改版
チェーホフ 伯父ワーニャ 51;63改版 絶版
トルストイ 生ける屍 38改版 絶版
カント 実践理性批判 48;59;79改版
古事記 37;43;63改版
芭蕉七部集 66改版
近松門左衛門 国姓爺合戦・鑓の権三重帷子 39改版 絶版
近松門左衛門 曽我会稽山・心中天の綱島 初版のみで絶版
ヴェデキント 春の目ざめ 34改訳 絶版
アダム・スミス 国富論(上) 40;59改版
新訓万葉集(上・下) 39;54改版
ポアンカレ 科学と方法 53改訳

岩波文庫は最初から,古典および準古典を入れると決められていましたが,なにせ急な出発だったので,
この中には岩波から単行本として出ていた書目の焼き直しも相当数含まれています。

そんな中で,(1)藤村が自分の詩集を自選として入れた,(2)露伴が他の出版社から版権を買い戻し「五重塔」を入れた,
(3)武者小路実篤が文庫の計画を喜び,「幸福者」を自ら進んで入れた,という3つのエピソードがよく知られています。

そのようにしてスタートした岩波文庫。昭和2年7月9日の発表に対して,岩波自身にも予想外の,たいへんな反響がありました。
地方から電報はくる,速達はくる。熱狂的な声ばかり….。岩波も一度は放棄しようとしたこの計画の成功をようやく確信し,「岩波文庫」
は十数年来自分が考え,練りに練った計画である(事実はちょっと違ったようですが),と大得意だったようです。

また,のちに岩波茂雄は,岩波書店創立30周年の席でこのときのことを回顧し,「本屋になってよかった」と述べたといいます。

ところで,岩波文庫には当初,刊行順に★番号が振ってありましたから,
刊行にあたって岩波文庫第1号を何にするか,という議論がありました。岩波茂雄自身には,
かつて岩波書店の処女出版であった漱石の「こころ」を第1号にしたいという気持ちがあったようですが,結局「万葉集」が選ばれました。
かのドイツのレクラム文庫第1号は「ファウスト」でしたが,岩波は大古典から始めたわけですね。