2004年6月

6月30日

梅雨はどこへ行ったのか?と思っているうちに6月も終わり。子供の漢字検定の問題集を見せて貰ったが,なかなか難しい。
我々の小学生の頃,そんなに漢字を覚えていたかな・・・と今となってはよく分からないのだが,いずれにしても私の場合,
パソコンを使うようになってから漢字を書く力が相当衰えていることは事実。一緒に受検しよう!と言われても,中学生レベルでさえ,
かなり自信なし。

 

6月29日

「観劇偶評」は相当読みでがあり,未だ終わりません。学生さんの夏休みの読書向けということか,角川文庫で夏目漱石やドーデ,
トルストイなどが新装版で出ました。小学生のウチの息子も,寝る前には好きな本を抱えてポツポツ読んでいます。
本を抱えたまま寝てしまったので,そっと取り上げようとすると,ガバッと起きあがり,栞入れないで閉じちゃったー,と怒ります。
半分寝ながら読んでいるのですから,どこまで読んだのか怪しいものですが・・・。

 

6月28日

岩波文庫の新刊,三木竹二「観劇偶評」を読む。著者は森鴎外の弟。本書は明治期の歌舞伎批評集で,これまで,鴎外との共著「月草」
として流布されている稀覯書だったが,今回待望の文庫化とのこと。一読して,これは戯曲や演出に対する批評が主で,
役者の噂話を主としたそれまでの評判記とは異なる「劇評」であることが分かる。 ※三木竹二は津和野町の出身。本名を森篤次郎といい,
鴎外の実弟であった。明治6年に家族とともに上京し,ドイツ語を学ぶために進文学社に入学。16年,帝国大学医学部に入学し,
卒業後は医科大学内科に勤務。その後,開業する傍ら,歌舞伎の型の研究を行った。また、25年から『歌舞伎新報』の主筆となり劇評を連載し,
同誌の「歌舞伎談義」で高い評価を得た。33年,青々園と『歌舞伎』を創刊し,主宰して93号まで編集に携わった。劇評はもとより,史談,
芸談なども執筆して,近代歌舞伎批評家の草分けとして,また研究者としても活躍したのであった。(山陰中央新報より)

 

6月25~27日

岩波文庫の新刊「ジェイン・オースティンの手紙」を読みましたが,これはどういう態度で読むべきなのか,悩みますね。
200年ほど前の英国の若い女性の日常生活を知るためには役立つかも知れませんが,
ここからオースティンの作品解釈や彼女の生きかたについてのヒントを得ようとしても難しいです。それだけ,日常雑記的で,
自然な手紙ばかりということですね。当時の風俗に関する挿絵は少々入っていますが,肝心なオースティンの筆跡がどこにもありません。
対訳本みたいに,一部でよいから実物を載せてくれたら,もっと楽しめたのに。

 

6月23~24日

しかし,江戸川乱歩の今回の作品集,とぎれとぎれの連載の挙げ句,適当な結末を付けて終わったもの,結局中断してしまったものなど,
いい加減な?作品ばかり。乱歩自身も先のあてが無く書き始めて行き詰まってしまったという通り,まあ,
今となってはそれもよいかとは思うものの,当時,横溝正史から滅茶苦茶言われたのもやむを得ぬところ。その辺の事情が詳しく解説されていて,
本文よりそちらの方が面白いな。明日はLivedoorの分割日,どうなることやら・・・これは株の話。

 

6月21~22日

引き続き,鼻水垂らしながら乱歩を読んでいます。岩波文庫新刊「ジェイン・オースティンの手紙」を読もうと思うのですが,
まだ手が着いていません。なお,今月は「塵劫記」が復刊されています。『江戸初期の和算書で,日常生活上・職業上必要な様々の実用問題・
数学遊びを図と共に豊富に載せた便利な実用書』。こういう歴史の教科書でおなじみの本を,手軽に手に入れられるのが岩波文庫の良いところ。

 

6月18~20日

光文社文庫の江戸川乱歩全集の11冊目,「目羅博士の不思議な犯罪」は,表題作,地獄風景,恐怖王,鬼,火縄銃,殺人迷路,悪霊,
妖虫を収めている。ところが,妖気にたたられたのか,途中まで読んだところで風邪と発熱が酷くなり,週末は寝込んでしまったため,
未だ後半は未読。無理してトランポリン教室へ通ったのがいけなかったのでしょうか。

 

6月16~17日

先月購入した,初めての新仮名遣いでの刊行という岩波文庫「暗夜行路」全2冊(改版)を読む。とくに好きな小説なので,
今回はじっくり読んでみようと思ったのだが,読み始めてみるとやはり止まらず,2日間の通勤電車の中で読み終えてしまった。
先に改版された藤村の「夜明け前」は読み終わって気が重くなったが,本書は暗い運命を引きずりながらも,自分の気持ちに正直に生き,
常に愛を求める主人公の姿に大いなる共感を覚え,美しい文章とともに心が洗われる思い。私にとってはかけがえのない青春の書。

 

6月15日

雑誌BRUTUSの最新号,さあブックハンティングの季節です,を読む。ブックハンティングというと,古書店へ足を運び,
稀覯書を漁るちょっと怪しげな人,という感じだが,ここでは書店側に注目して,ユニークな書店を作る上での本集め,というお話し。
最近青山一丁目にできた旅の本屋「BOOK24」をはじめ,全国のユニークな書店を紹介。また,各界のオシャレな?読書人も紹介しているが,
これは薄っぺらくて面白くなかった。立ち読みで十分だったと後悔。

 

6月12~14日

「古本屋50年」で増補された部分は,
息子に店の経営を任せたところ一時期ファミコンソフトやアダルト誌などで儲けを得るようになったこと,
ブックオフのような新形態の古書店の進出や公共図書館サービスの充実により経営が苦しくなったこと,
かつて収集した近代文学の初版本などを活用すべくインターネット通販に乗り出しこれが現在の販売の中心となっていること,などである。
最後に著者は,古書界の偉大な先達,故・反町茂雄氏が晩年著者に語った言葉を紹介している。
『欧米にはそれぞれの専門分野の古書を扱う古書店は存在してますが,もうとっくに,日本にあるような「街の古本屋」はないのですよ。
日本も遠からずそうなることを,あなたに言っておきます』,『貧しかった日本でこそ,何でもかんでも「本は大切なもの」
という教育が必要だったのですよ。それが「街の古本屋」を今まで生きながらえさせましたね。でも本当に大切な本など,
何千何万冊のうちの一冊,二冊なのですよ。そしてね,今の日本はもう決して貧乏国ではないのです』

 

6月10~11日

ちくま文庫の新刊「古本屋50年」(青木正美)を読む。はるか昔,青木書店の自費(自社)出版本で読んでいたので,
書店で見つけたときにはそれが文庫化されたのかと思い,パラパラめくってみたのだが,なにか様子が違う。それに,
ずっと以前にほかの文庫版も読んだ覚えがあるぞ。ということで,よく思い出してみると,最初に読んだのは「古本屋30年」,
次に文庫本で読んだのが「古本屋40年」(福武文庫),そして今回が「古本屋50年」と10年ごとに改訂版を出していたのであった。内容は,
開業当時の思い出,趣味本との出合い,経営のノウハウなど,ふつうの街の古本屋の日常が詳しく描かれており,親しみが持てる。
古典籍を扱う高級な古書店の店主の思い出話というのはよくあるが,本書は,我々になじみ深い古本屋のおやじさんが,
なぜいつもムッツリとした顔で店番しているのかを知りたい人にお薦めの本。

 

6月8~9日

文藝春秋7月号で「核心証言 雅子妃 その悲劇の全真相」などという特集があったので,皇太子殿下と同世代の私としては,
人ごとならぬ?と読んでみたが,結局のところ皆,深厚な状況であるらしいということを感じているのに過ぎない。しかし,
問題があったとすれば,皇太子殿下がなぜ雅子妃を選んだのか・・・ということに尽きると思うのだが。皇太子殿下の一ファンとしては,
清潔感があり,なおかつ国民に親しまれる家庭作りを第一にすすめて欲しかった。

 

6月3~7日

ご無沙汰しているうちに,いよいよ梅雨入り。土曜日は近所の蛍観察会に行ってきました。子供の頃の記憶では,
あちらこちらでチラチラと蛍の光が飛び交い,ああ風流だなぁ・・・という感じだったのですが,いまの蛍は温室のようなところに押し込まれ,
なにやら窮屈でお気の毒(保護しなければ育たないのでしょうが)。岩波文庫「夏の一括重版」,残念ながらこれは珍しい!
と思うものが無かったのですが,この中で我が愛読書としては,「利根川図志」,「ガリレイの生涯」,「アンデルセン自伝」,
「プラグマティズム」,「金瓶梅」といったところがあげられます。「アンデルセン自伝」は「自慢」が鼻につくものの,
面白いエピソード満載で,アンデルセン童話に興味がある人にはおすすめです。

 

6月2日

クラフト・エヴィング商會の新刊「テーブルの上のファーブル」を読みました。センテンスごとに色が変わる文章,
写真集とも雑誌ともつかないデザインがユニークで,とにかくオシャレな本。このファーブル(fable)は寓話のことで,「昆虫記」
とは関係ありませんが,本書の収集家的な趣味,箱庭的イメージは,昆虫の世界とも通じるところがありそうです。

 

6月1日

山崎一夫「たぬきの明細票」を読む。西原本でもおなじみ,銀玉親方・山崎一夫による麻雀荘「たぬ御殿」
商売日記。雀荘経営のアバウトさにもビックリするが,西原氏の豪快なマンガ満載でとにかく楽しめる。