2003年9月

9月30日

岩波文庫の新刊「伊豆の踊子・温泉宿 他4篇」(川端康成)を読む。著者の若い頃の作品を集めた短篇集ですが,
岩波文庫の旧版を含め,何度も読んだ「伊豆の踊子」,やはり,読むたびに,爽やかな感動があります。
子供の頃には読み流してしまうところもありますし・・・。とくに,最初主人公が踊り子を性的な対象として見ながら,
あとでそれが間違いであったと気付き笑ってしまったこと,「いいひと」と言われて素直に嬉しくなったことなど,
この歳になって読むと,その気持ちがストレートに分かります。その他の作品では,比較的穏やかな「温泉宿」のほか,
「黒い海青い海」など,横光利一が賞賛したという「新感覚派」としての作風がよく表れていて,興味深いところです。

 

9月28~29日

帰ってきたと思ったら,また出張。乱歩で残った「白髪鬼」を読みました。本作は,講談社「富士」
昭和6年4月号から7年4月号まで連載したもので,原作はメアリ・コレリの「ヴェンデッタ」。黒岩涙香がこれを「白髪鬼」
として翻訳したのを読み,乱歩は,舞台を日本に移し,原作にない筋もつけ加えて翻案した。掲載当時,涙香と同じ題をつけたので,
乱歩は黒岩家を訪ね,涙香の長男,日出雄氏に会って諒解を得たとのこと。内容は,『九州にあるS市の旧家,大牟田家の主人で子爵の敏清は,
評判の美女瑠璃子を妻とし,美男の親友川村義雄と3人で不自由なく暮らしていた。しかし,瑠璃子と川村の謀により,敏清は殺され,
大牟田家代々の墓所に埋葬された。その棺の中で,敏清は息を吹き返し,恐怖のため黒髪は一瞬のうちに真っ白に。苦難の末,
脱出に成功した敏清は,海賊の宝を手に入れ,別人になりすまし,怖ろしい復讐に乗り出す。』というもの。大時代的な復讐話ですが,
乱歩が気に入って翻案しただけに,筆のノリが良く楽しめる作品です。

 

9月22~27日

ご無沙汰です。静岡はあいにくの雨続きでしたが,仕事の合間に,静岡県立美術館へ行って来ました。
徳川家の特別展(歴代将軍の自筆もの)と,世界で6番目に鋳造されたロダン「地獄の門」を見てきたのですが,規模は小さくとも,
なかなか周囲の雰囲気は良いところでした。この間,読めたのは,「黄金仮面」一編だけでした。黄金仮面・・・
トリックらしいトリックもなく,往年の無声映画ハチャメチャ大活劇の弁士の名調子が聞こえてくる感じ。ルパンに心酔するお嬢様・
不二子が,捕らえられて拷問を受ける自分の姿を想像する真面目な場面で,『恐い顔をした刑事たちに,柱にしばりつけられ,
コチョコチョ,コチョコチョと執拗にわきの下をくすぐられているあさましいわが身の姿が,幻のように浮かんでくる。ああ,
もうだめだ』なにが駄目なんだか,笑わせてくれます。

 

9月20~21日

光文社文庫乱歩全集「黄金仮面」より,何者と江川蘭子を読む。何者は,いつもの乱歩調ではなく,推理小説らしい推理小説。江川蘭子は,
6人合作の1作目を乱歩が担当したもの。乱歩は,『編集者は,私が予告をした小説さえ書けないような男だから,
後に回して休載などされては困るので合作はいつも第一作を割り当ててくれる』などと言っている。今週は,一週間,静岡へ出張していますので,また戻ってきましたらよろしく。

 

9月19日

また光文社文庫版乱歩に戻って「猟奇の果」を読む。随分懐かしい作品だ。本作は,乱歩自身が,「前半で止めようと思ったが,出版社
(横溝正史だ)が続けろと頻りに頼むものだから,明智小五郎を引っ張り出し「蜘蛛男」風にしたが,結局支離滅裂になった」
と述懐しているように,SM調のおどろおどろしい雰囲気はあるものの,ストーリーは,さすがに無理があるなぁと感じられるところが多い。
まあ,乱歩らしさは十分に出ていて楽しませてもらった。本書には乱歩自身による通常と異なる結末が収録されているのが面白い。これは,
終戦直後「猟奇の果」を復刊した時,当初の構想どおりに話を前半だけで終わらせるために新たに書き下ろしたものとのこと。

 

9月18日

エイ文庫の新刊「旅するカメラ」(渡部さとる)を読む。
新聞社のカメラマンからフリーカメラマンとなった著者のコラム集。駆け出しの頃の失敗,
フリーになってからの売り込みとスタジオでの苦労,ライカ,ハッセルブラッド,キヤノン,オリンパスなど愛着のあるカメラの紹介,
暗室作業の楽しみ,デジタルカメラを使ってみて・・・。カメラマンらしくない?力の入らない自然な語り口が心地よい。
ところどころに入れられたモノクロ写真のトーンもなかなか綺麗。著者のサイトはここ。本書出版記念の掲示板もあり,賑わっています。

 

9月17日

引き続き乱歩「大暗室」を読んでいる。「黄金仮面」も読み始めようと思ったが,来週は一週間出張なので,
その間の読み物として取っておくこととする。今月は,岩波文庫「夢の女」(永井荷風)が復刊される。『身は茫然と,
何か分らぬ冷たい夢の中を彷徨っているような心持であった-貧しい家族のため,女中奉公から商人の妾,娼妓,待合の女将へと,
つぎつぎに変貌をとげる元藩士の娘お浪。境遇に翻弄されながら,新時代の波間を必死に浮きただよう日蔭の花のあわれさを,
にごりのない抒情性をたたえた文体で照らし出す。』 花柳界にいて流されていく女を淡々とした語り口で描いた私の好きな作品だが,
これを書いたのは老成した荷風ではなく,最初の渡米を目前にした24歳の荷風である。
分厚いコロコロコミック10月号を買って帰る。

 

9月16日

光文社文庫「江戸川乱歩全集」よりもう1冊,乱歩の長篇代表作と言われる「孤島の鬼」を読む。
解説にもあるように,『しかしそうしたトリックさえも小ざかしいとすら思わせるほど印象強烈なのは,
何といっても中盤に登場する手記の無気味さだろう。本全集では初出に近い形を採ったが,
この個所に関しては漢字を減らして舌足らずな感を強めた桃源社版全集での最終改稿版(昭和36年)
のほうに軍配を上げざるをえない。熱心な読者には,桃源社版に基づく創元推理文庫版,
角川ホラー文庫版などとぜひ読み比べていただきたいと思う。』ということで,この光文社版は,
戦前のクラッシックな雰囲気が持ち味。それでも,一度読み始めたら止められない恐ろしさだ。

 

9月13~15日

3連休は暑かったですね。我が家では,土曜日はサーカス,日曜日,月曜日は最後のプールへ行ってきました。サーカスはもちろん,
空中ブランコが目当て。普通の体操競技を見ても,あまり魅力を感じない私ですが,なんで,サーカスの空中ブランコには,
あれほど熱心になれるのか,自分でも分かりません(いや,ほんとは分かっているのですが)。

 

9月12日

「トーキョー偏差値」を読んだ,という話をしたら,カミサンもとっくに買って読んでいるとのこと。
ウチはこの手のダブりがときどきあるが,たぶん相手も買ってるだろうなぁと思いつつダブってしまうのは,
お互い読みたいときに読めないのは許せないという,せっかちでわがままな性格ゆえか。

 

9月11日

久々に林真理子の新刊を読む。「トーキョー偏差値」(マガジンハウス)。マイ・ドラマティック・デイズ,
恋と美貌のオンナ模様,美人の道は果てしなく,東京美女紀行・・・いつも通りの美食,ダイエット,ブランド,
いいオトコにこだわるエッセイだが,今回は,東京に生息するセレブとはなにか?というところがポイント。真理子女史自身は,
安住の地を見つけてしまい,以前ほど気勢が上がらないのが残念。それでも,これでギョーカイ人の生活に憧れる若い女性は,
また増えるんだろうな。

 

9月10日

前から気になっていた光文社文庫の新刊「江戸川乱歩全集」。全30巻とのことですが,ようやく読み始めました。
手始めは,第10巻「大暗室」。これは,怪人二十面相と大暗室の2編を収めたもの。乱歩自身の執筆にまつわる思い出話と,初出・
単行本の異同を示した解題は参考になったが,古い地名や物に関する注釈は何のためにあるのか分かりませんでした。
若い人を意識したのかも知れませんが,作品と絡みのない説明を付けられても,この厚い本がますます厚くなるだけ。まあ,
久しぶりに乱歩の作品を楽しんでみたいと思います。江戸川乱歩については,尖端猟奇大パノラマというページに情報があります。

 

9月8~9日

また,10倍ズームデジカメレビューの記事に惹かれて週刊アスキーを買ってしまった。失敗だった。
創元社双書の新刊「写真の歴史」(クエンティン・バジャック)を読む。1839年にフランスで生まれた写真術は,
誰が真の発明者か?という論争など置き去りにして,その技術はヨーロッパ各地へ恐るべきスピードで伝播し,
つぎつぎと改良が加えられ,瞬く間に建築,美術,報道,科学などの分野で実用的,芸術的な役割を得ることとなった。本書は,
豊富な図版を使って,19世紀後半,写真の最初期の歴史を分かりやすく解説したもの。写真が当時の人々に,
どれだけの衝撃を与えたかは想像に難くないが,デジカメ時代の今から見て,
それがほんの150年ほど前のできごとだったということにも,あらためて驚かされる。電車の中で読む写真史としては,
手頃でお薦め。

 

9月7日

静山社の松岡祐子社長によると,次作「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」は来夏刊行,
第1巻の新書版と朗読CDを年内発売するとのこと。やはり新書化するんですね。新書なら読んでみよう,という人がどれほどいるか?ですが,
少なくともここに一人います。

 

9月6日

書店の棚に並んでいる岩波文庫すべてに,「私の好きな岩波文庫100フェア」の帯が付けられていました。このフェアは,
岩波書店創業90周年を記念し,読者から「愛読書3点」のアンケートを求め,その結果をもとに100冊を選び,開催するもの。
それに合わせて,岩波文庫特別版「読書のすすめ」を書店で配布中です。立花 隆,田中優子ら10名による100冊にちなんだエッセイ。
いずれ別冊でまとめられるとは思いますが,早めに確保を。

 

9月4~5日

土曜日は久々のプール日和となり,例年の夏休みほどの混雑ではないものの,
近所の海浜公園プールは久々の賑わい。少しは夏らしい気分を取り戻しました。ついでに,床屋へも行ったのですが,
これは千円ポッキリのチェーン店。最近,私のアタマは金をかけるようなアタマではない,ということに,ようやく気付いたわけです。
そうかといって,以前,カミサンに切らせて悲惨な目にあったので・・・。

そんなこんなで,優雅な気分には,ほど遠いのですが,「大人のOFF」最新号『最高の京都』特集を購入。
せめて読むだけでもリッチなものをという訳です。

 

9月2~3日

皆さんは,相対性理論が分かっていますか? 不肖わたくし(物理学科卒)は,全然分かりません。そこで,
「分かりやすい相対性理論」などという本が,書棚に何冊も並ぶといった情けない羽目になっています。昨日も,知恵の森文庫の新刊
「アインシュタインの宿題」(福江 純)を一所懸命読みました。世界でいちばん分かりやすい「アインシュタイン」本!
と喧伝しているだけあって,相対性理論,ブラックホール,量子力学,宇宙論を中心に,とくにミンコフスキー時空については,
よく説明されていると思いました(なんか情けない)。高校生にもお勧めします。

 

9月1日

久しぶりに「週刊アスキー」を買ったのだが,やはり読むところがなかった。カオスも盛り上がらず,残念。さて,
9月の岩波文庫の新刊ですが,「伊豆の踊子・温泉宿 他四篇」(川端康成),「山の旅 明治・大正篇」(近藤信行),「虚栄の市(1)」
(サッカレー,新訳),「トニオ・クレエゲル」(トオマス・マン)というラインナップ。「伊豆の踊子」が岩波文庫に入ったのは,昭和27年。
同時期に,新潮文庫(25年)や角川文庫(26年)からも文庫化されています。「伊豆の踊子」といえば,(1)
学校の教科書に取り上げられているが,その際ふさわしくない部分はカットされている。それはどこか?,(2)最後の感動的な場面,
『はしけはひどく揺れた。踊子はやはり唇をきつと閉ぢたまま一方を見つめてゐた。私が縄梯子に捉まらうとして振り返つた時,
さよならを言はうとしたが,それも止して,もう一ぺんただうなづいて見せた。はしけが帰つて行つた。
栄吉はさつき私がやつたばかりの鳥打帽をしきりに振つてゐた。ずつと遠ざかつてから踊子が白いものを振り始めた。』 ここで,
『さよならを言はうとしたが,それも止して,もう一ぺんただうなづいて見せた。』のは誰か? という二つの問題。後者には,
著者自身のコメントもあります。