2002年8月

8月28~31日

夏休みも最後の連休,私は子供連れで連日プール通い。帰ってきたら肝試し大会(夜,近所の公園や空き地に私が目印を置いてきて,子供が懐中電灯をもってそれを探して取ってくる遊び?)。さすがに疲れがたまっているなぁと感じてはいますが,ここが頑張りどころ!

嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 (新潮文庫)
中丸 美繪
新潮社
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新潮文庫の新刊「喜遊曲,鳴りやまず 齋藤秀雄の生涯」(中丸美繪)を読みました。
齋藤さんはサイトウキネンオーケストラや小澤征爾さんの先生としてよく知られていますが,わが国のオーケストラ育ての親の一人で,指揮法の確立に力を注ぎました。その妥協を許さない一徹さで,オーケストラの楽員たちから敬遠され,退団を余儀なくされたこともありましたが,子供達への音楽教育の重要さを説き,桐朋学園音楽学部の創設に尽力し,多くの世界的な演奏家を育て上げました。本書は当時の団員,関係者,学生達からの証言をうまくまとめており,齋藤さんの異常なほどの音楽に対する情熱とこだわりが読み手に強烈な印象を与えます。日本でプロのオーケストラの首席チェロ奏者をつとめながら,ドイツで名手フォイアマンの門をたたいたとき子供並みの初級コースで学ばねばならなかった屈辱,大戦当時ドイツから日本へ亡命したユダヤ人名指揮者ローゼンシュトックの厳しい教え。朝比奈隆氏の,「齋藤秀雄亡き後,日本には指揮の指導者がいなくなった」との言葉。子供への音楽教育で重要なのは,「一に教師,二に教師,三に親で四に子供」….。あらためて齋藤氏の果たした大きな役割を痛感するとともに,なにか読んでいるうちに勇気が湧いてくる本でもあります。

 

8月27日

9月号の「図書」は,岩波新書新赤版800点刊行記念号ということで,座談会や過去の注目されるべき書目について,いろいろ書かれている。「新書」という叢書名は,創刊(1938年11月20日)の二ヶ月前に決まったとのこと。以来,赤版101点,青版1000点,黄版396点,新赤版800点の合わせて2300点が刊行されました。岩波新書については,十方土の資料集に詳しい説明あり。

 

8月26日

小学館文庫の新刊「鬼六の将棋十八番勝負」(団 鬼六)を読む。鬼六先生は,先に出た「真剣士 小池重明」など一連の将棋書でもおわかりの通り,アマ六段の実力を誇る作家棋士。その鬼六先生が,飛車落ちで羽生善治,大山康晴,升田幸三らトップ棋士達と戦い,平手で谷川治惠や高橋 和ら女流と五番勝負。その詳しい自戦記なのだが,面白いのは,棋譜よりも対戦した棋士達を肴にした独自の棋士論。将棋などわからなくても楽しめる。その将棋への情熱には感服。

 

8月23~25日

夏休みもあと一週間。とっくに学校とは縁が切れてしまったこの歳になっても,なんとなくこの時期,焦燥感があります,私の場合。ゆく夏を惜しむべく,土曜,日曜と海浜公園のプールへ。お盆時期に比べると半分の人出といった感じですが,最後まで頑張るつもり….。

腕時計の販売が不振だといわれています。携帯電話の普及によるところが大きいのですが,それに反して,書店では腕時計雑誌やムックの売れ行きは好調です。必要に迫られて腕時計を買うことがほとんどなくなったいま,腕時計を買う意味,こだわりがどこにあるのかを,光文社新書新刊「腕時計一生もの」(並木浩一)は語っています。『自分だけにふさわしい機械式腕時計をじっくり選ぶ―そんな贅沢を実現するガイドブックの決定版!』ということで,腕時計の歴史,メカニズム(とくに機械式),ブランドイメージなど,ごく初歩的な内容ですが,現在の腕時計事情がよくわかります。高価な時計というと,宝石で飾られた成金趣味を思い浮かべることが多いですが,ほんとうに高級な時計は高度なメカニズムとそれを実現する職人芸によって造られているのです。

 

8月23日

岩波文庫新訳「デイヴィッド・コパフィールド」を読みました。以前読んだ「旧訳」が出たのは昭和25年だから,50年ぶりの登場。まだ第一巻しか出ていませんが,この新訳はとても読みやすくなっているので,もう一度読んでみる価値があると思います。ストーリーは,ディケンズ・フェローシップ日本支部のページに詳しいほか,松岡正剛の千夜千冊にも情報あり。

 

8月22日

みなさん,クーパーの「開拓者たち」は読み終わりましたか? 残暑厳しき中,私は遅々として進んでいません。これから面白くなるのだろうか….。本書はアメリカの西部開拓時代初期の物語で,舞台はまだ森や湖,そして動物たちと,大自然にあふれていたニューヨーク州クーパーズタウン。西部劇のハシリみたいな感じで,ドーデの描いた「タルタラン・ド・タラスコン」は本書を愛読していたらしいです^^;;。野球発祥の地として知られるクーパーズタウンは,その名の通り,著者の父親が開拓したところ。アメリカのスコットとも呼ばれるジェームズ・フェニモア・クーパーは,大地主の息子だったわけですね。本日現在のクーパーズタウンの様子は,こんな感じ。「レザー・ストッキング物語」という5部作の第1作目で,映画ラスト・オブ・モヒカンの原作である第2作「モヒカン族の最後」はハヤカワ文庫から出ています。

 

8月21日

終戦直後,長野県立松本深志高校教諭であった古田武彦氏によると,『わたしはその頃,週2時間の「国語(乙)」で,1年間の大部分を使って「ソクラテスの弁明」(岩波文庫)を教科書代りに使った。戦後,未だ発刊なく,松本市内の印刷所で全版の複製を作り,教科書代りのみに使用することの許可を岩波書店に求めたところ,直ちに快諾の返書が来て感銘した』とのこと。ちょっといい話….。

 

8月20日

美と共同体と東大闘争 (角川文庫)
三島 由紀夫 東大全共闘
角川書店
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「鳴雪自叙伝」を読み終えたので,新潮文庫「美と共同体と東大闘争」(三島由紀夫,東大全共闘)を読む。三島由紀夫自決の前年,学生運動真っ盛りの1969年5月13日,東大教養学部で行われた三島由紀夫と東大全共闘の討論会の記録。そのテーマは,時間と空間,解放区,美と芸術,天皇など雑多で,進行も混沌としているが,「美を現実の中で完結させたい」という三島に対して,それを醜悪とする全共闘。両者の真摯な姿勢には,一種感銘と隔世の感を覚える。その伝説の討論本が一昨年30年振りに文庫として復活したのだが,あまり話題にならなかったよう。当時の雰囲気をよく伝えているものの,私を含み,今の若者がこれを読んでも,まず唖然とした感じを持つのではないか。以下覚書。

○全共闘とは・・・1968年頃から各地で学園紛争が盛んになり,多くの大学でバリケード封鎖やストが起こった。日大,東大では全学共闘会議(全共闘)が結成され,セクトに属さないが政治的意識を持ったノンセクトラジカルと呼ばれる一般学生らも多く参加した。1969年1月東大安田講堂での攻防戦を前に,
東大全共闘から主要な建物の死守を任されていた革マル派が機動隊導入前に逃亡するという事態が起こり,もともと他派から煙たがられていた革マル派の孤立は決定的となった。結局「安田城」は落城するが,1969年9月,民青と革マル派を除く,8派が参加して日比谷野外音楽堂で全国全共闘連合が結成された。これには,逮捕拘留中の山本義隆・東大全共闘議長が議長,秋田明大・日大全共闘議長が副議長に選ばれたが,この連合は全く性格の違うセクトが連合した不安定なものであり,翌年には山本議長が辞任し,セクト色が強まったことで,一般学生から離れていき消滅してしまうことになる。
○解放区とは・・・お茶の水駅を中心とする神田地区に解放区が現れたのは1969年1月18日と19日のこと。ちょうど東大の安田講堂で学生と機動隊の攻防が行われた日である。解放区の主力は地元の日大,中央大,明大の2000人あまりの学生。彼等は機動隊が東大に集中している隙を狙い,お茶の水駅周辺を制圧した。路上にバリケードを作り,交番を襲う。明大学生会館において解放区放送も始まった。学生達は解放区の中の無警察状態の中で思うままにデモを行ない,演説をし,集会に拍手を送る。それまでは機動隊に取り囲まれた中での半ば規制されたデモしかできなかった。そのため解放区の中で学生達は警察権力から解放され,それまでの気分を爆発させた。それは東大攻防戦を終らせた機動隊によって神田解放区が制圧された20日午前0時まで行われた。神田解放区は,また神田カルチェ・ラタン闘争とも言われる。カルチェ・ラタンとはフランスの学生街の意味で1968年5月にパリ大学を中心に街頭バリケードをくみ,警察との衝突が繰り返し行われていた場所だ。それを日本でも行おうとしてできたのが解放区だった。

 

8月19日

岩波文庫「鳴雪自叙伝」を読む。著者・内藤鳴雪は,1847年松山藩士の長男として江戸藩邸で生まれた。明治22年常磐会(旧松山藩主久松家が旧藩子弟の育成のために作った)宿舎の監督になってから,20歳歳下の正岡子規らの文学グループに接し,俳句に熱中。「馬方の馬に物いふ寒さかな」など,洒脱な句風で知られた。子規からも翁と尊称され,各地の句会にも出かけ親しまれた。本書は,晩年の翁が,江戸で生まれ,松山・京都での少年時代を回想したもの(実際は維新,子規との出会いまで語っているのだが,まだここまでしか読んでいないのだ)。地方藩のそこそこ名のある家に育った子供の目から見た当時の士族の生活が,幕末の揺れ動く藩政とも絡んで,とても面白く描かれていて楽しめた。ちなみに明治期に出た大学館の文庫シリーズ俳句入門叢書(鳴雪の「俳句独習」や「芭蕉俳句評釈」を所収)については,奥村氏の「文庫パノラマ館」に解説あり。

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8月13~18日

夏休みも真っ盛り。私は(ほとんど定期券で行けるほど近いのにもかかわらず)息子と泊まり込みでTDL,お台場方面へと行ってきました(毎年同じパターンのような気もします)。先週,カミサンと息子でTDLに行ったときは,ドナルドの「スプラッシュ」が強風のため中止でがっかりだったらしいですが,木・金曜日は天気に恵まれ,バッチリ楽しませてもらいました。しかし,あの猛暑の中,国内国外からTDLに集まった皆さん,本当にご苦労さん。そこここに横たわっている討ち死にした?お父さんは,無事に家に帰れたでしょうか。私も夜ホテルに戻ったら,さすがにグッタリとしていました。それでも,土曜日は国際展示場の鉄道模型フェアを覗いたあと,お台場内でのんびり。ヴィーナスフォート仮設のエアすべり台などでしばらく遊んでから,ゆりかもめに乗って帰ってきました。我々が子供のころは,せいぜいクレヨンや色鉛筆で描く絵日記くらいしかありませんでしたが,幼稚園からもらったのは,チケットや写真,シールなどをべたべた貼り込むスクラップブックのようなもの。これは,ずいぶん賑やかになってきました。

 

8月12日

河出書房新社は,9月4日刊行の「河出文庫」から1年間,帯のマークを「とり・みき」書き下ろしの漫画に。12回で完結するストーリーになるとのこと。とり・みきさんは,1958年熊本県生まれ。79年少年チャンピオン新人マンガ賞入選。エッセイ的な物や,シリアスなSFマンガも手がけるが,非常にマニアックなネタを使う生粋のギャグ漫画家であり,ギャグの特徴として,ギャグを発したコマがそれまでの時間の流れを一瞬止めてしまい,その連続でマンガが成立するという「微妙にはずした」表現を持ち,スタイルとしては往年の吾妻ひでおにも通ずるセンスをもっている数少ない「理数系ギャグの使い手」の一人である(これは受け売り)。代表作は,「クルクルくりん」,「るんるんカンパニー」,「吉田さん危機一髪」など。ほかにエッセイ集として,「とりの眼ひとの眼」,「とり・みきの大雑貨事典」がある。

 

8月8~11日

わたしは子供の頃,親から本を読んでもらった記憶があまりない。それでもいろいろ本がまわりに転がっていたので,自然に本に親しむようになった気はする。父は昔から,皆に読書家だと思われていたようで,それで私も本好きになったのかな,などと親戚のおばさん達から言われたこともあったが,少し大きくなると,自分の読みたい本と親の持っている本は全然趣味が違う,ということに気付くのだ。だから,読書一代。わたし自身も,いくら本をため込んでいたとしても,子供がそれを喜んで読むなどとは思っていない。ところが逆に,いま子供に読みきかせてやっている童話や絵本は,とても面白いのだ。こういう本をなぜ小さい頃に読まなかったのだろう,と残念に思う。たとえば,有名な「いやいやえん」(昨日読んであげたのだ)。幼稚園で読んでもらって面白かったので,家でも読んで欲しいという。『チューリップ保育園に通うしげるは,なんでも「いやいや」。いつも我がままを言ってはお母さんを困らせてばかり。赤い車がいや,お姉ちゃんのおさがりの洋服がいや,サンドイッチじゃないおべんとうはいや,そして保育園に行くのもいやいや。そこでお母さんは,しげるを「いやいやえん」に連れて行くことにする。そこは,嫌なことはしなくてもよいという不思議な保育園なのだが….」。ちょっと教訓的ではあるけれど,空想と現実がごっちゃになった話は確かに面白い。そして,読んでいて気が付くのは,これがずいぶん前に書かれた話らしいということ。ご不浄とか,お十時とか,いまでは聞かれないことばがいろいろ出てくる。クルマでお出かけというのもないし,もちろんテレビゲームやパソコンも出てこない。奥付を見ると,1962年初版。ここに書かれている子供の生活は,私の子供の頃そのものなのだ。そんなお話が,いまの子供にも違和感なく受け入れられているのが,また面白い。

 

8月7日

日本で一番昆布好きなところは,富山と沖縄だという。関東の味付けは鰹節メインで,関西は昆布というのもご承知の通り。ところが,昆布はほとんど北海道でしかとれない。なんで遠く離れたところで昆布がさかんに使われるのか? といった謎を取り上げているのが,講談社文庫の新刊「どうころんでも社会科」(清水義範・西原理恵子)。ほかに,知多半島はそんなに田舎か?,リアス式海岸の由来と歴史,ダムとコンビナート,などなどちょっと懐かしい地理や歴史の話題を大人の目であらためて振り返ってみた楽しい本。

 

8月6日

人気殺到で,図書館でも1~2カ月待ちと言われていた菊池寛全集所収「真珠夫人」。最初は,復刊ドットコムで投票が集まり,新潮社からオンデマンド出版(5500円!)されることになった,という話でしたが,7月に扶桑社(ノベライズ版)とコスモブックス,8月に文春文庫(当然?)と新潮文庫から立て続けに刊行されてしまいました。放送が終わって2カ月も経つのに,商魂たくましいというか,岩波にも見習って欲しいというか….。大正期(1920年)の新聞連載小説で,「船成金の荘田は金の力で父親の男爵を借金地獄に陥れ,真珠のような美貌を誇る瑠璃子を後妻にする。しかしその日から,他人の前では媚態を振りまいても裏では頑なに処女を守り抜く瑠璃子の復讐が始まった。エゴイズムと奸計,横恋慕と真情が綾なす男女の復讐劇を,当時の風俗を丹念に取り入れながら描いた人気絶大の大衆小説」といった内容。この人気には菊池寛もニヤリでしょうね。

 

8月5日

講談社+α文庫の新刊「将棋名勝負の全秘話全実話」(山田史生)を読む。読売新聞の観戦記者として知られる著者が,古くは大山,升田時代から,最近の羽生へのインタビューまで,棋士たちとの長年の付き合いから得られたエピソードをまとめた書き下ろしの一冊。とは言っても,その手の「いい話」は,すでに知られているものが多いので,またあれかという感じもするが,竜王戦誕生の経緯や新聞社間での駆け引きなど,読売記者ならではの興味深い話も多い。同文庫には「名棋士81傑ちょっといい話」もあり。

 

8月2~4日

夏本番ですね。週末は猛暑の中,ポケモンハッピーラリーなるものに参加してきました。これは,
山手線内の駅を巡りながらポケモンカードをゲットし,ゴール駅を見つけるというもの。ま,JRの親子取り込み作戦というわけですな。我々がスタートした品川駅は比較的空いていましたが,新宿駅や澁谷駅,ポケモンセンタートーキョーは大混雑でした。帰りはついでに久しぶりに秋葉原をぶらぶら。子供は電気街というのが面白かったらしく,「ゲーム・プレステ・ニンテンドー」という看板を見つけるたびに,その中に吸い込まれていきました^^;;。

 

8月1日

椎名-東海林対談をもう一つ。文春文庫「シーナとショージの発奮亡食対談」。内容は過去の対談の寄せ集めなのでちょっと古いが,その分シーナさんも十分に若く(ビールのCMに出始めた頃ね),最近の二人とは変わった趣があり楽しい。ここでは,ショージ君得意の丼ものや魚をネタに,しょうもない話を延々と繰り広げる(魚の世界が会社だったら,社長は?,専務は?,支店長は? 興味のある方はぜひ)。旧表題は「人生途中対談」。40代半ばで脳細胞の流失を嘆き,残った人生に何をなすべきか,「真剣に」考えている….。