精興社と岩波文庫

カラー版 本ができるまで (岩波ジュニア新書 440)
岩波書店
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我が国の愛書家の間で,とくに愛好されているものに「精興社本」がある。精興社は,1913年(大正2年)に白井赫太郎の創業した印刷所で,大正13年以来,岩波書店発行の出版物の印刷の多くを担当してきた。美しい活版印刷(金属活字による印刷)で知られている。精興社では活版印刷の生命は活字にあるとして,1930年に従来の活字書体の改刻改良を君塚樹石に依頼,精興社タイプと呼ばれる活字書体(約5万字)を8年の歳月をかけ、完成させた。これは,可読性を十分に考慮した上で,他に率先して美しい細目活字を採用したもの。ほかにも,活字の自家鋳造を完備して,当時としては珍しい活字1回限り使用(活字を1度使用したら再使用せず,そのまま次の地金用に溶かしてしまう)を行ったり,印刷の際には木製の鉛版台ではなく,金属製の版台を用いて版面の均一化をはかるなど,精度向上に努めた。
また何日かに分けて印刷されるような頁の多い本は,前日と同じような印刷の調子になるまで何度も試験刷りをして,違和感のないように注意を払っていた。

岩波文庫の奥付を見ると精興社印刷のものが沢山ある。初期の岩波文庫のエピソードとしては,昭和の初め,精興社で印刷した岩波文庫の一部にあまりできの良くないものが見受けられたとき,それを知った白井翁は,岩波書店にも知らせず,社員を総動員して,小売店の店頭にあるその岩波文庫をすべて買い占めてしまったとのこと。オフセットの時代になっても,活字の精興社書体を可能な限り再現するために,活版印刷の印圧や滲みなども考慮し,精興社書体の持つ美しさと読みやすさを損なわないように工夫している。精興社については,岩波ジュニア文庫「カラー版 本ができるまで」や庄司浅水著作集第14巻を参照。