岩波文庫の会・雑誌『文庫』

 岩波文庫を語る際に,とくに書誌的な面で基本的な資料となるのが,かつて「岩波文庫の会」
から刊行されていた雑誌『文庫』です。

「岩波文庫の会」は1951年3月,
岩波書店が読者との交流をはかる目的で組織した岩波文庫のファンクラブで,最初,長野県で試験的に始められ,
1951年10月には全国組織として正式に発足しました。機関誌として月刊雑誌『文庫』を刊行。
会費年額120円で会員数は1万人に限定されました。

『文庫』は本文24ページからなる小冊子で,1951年4月から9月まで6号を刊行。10月からは文庫の会が全国組織となったため,
あらためて1号から刊行を開始し,1960年12月の111号で終刊となるまで通算117号分を刊行しました。先の事情により,
1号から6号までは2種類あることになりますが,内容は別のものです。

そもそもこのような企画が始まった事情について編集部は,「当時,
岩波文庫は地方の読者の手に入りがたいという事情もあり,雑誌『文庫』に新刊の御案内を申し上げると同時に,会員の方々のためには,
優先的にお渡ししたいという目的を持っておりました。….」
(終刊のあいさつより),としています。

また当時の文庫本出版界の事情をみると,1950年の角川文庫の創刊を始めとする第1次文庫ブームが到来した時期で,
創刊25周年を迎えた老舗の岩波文庫としても,安閑としていられず,なんとか固定客を確保し,
シェアを維持したいという販売上の理由もあったのでしょう。

その意味で『文庫』は,ほかの出版社のPR誌,あるいは現在岩波が出している『図書』
となんら変わった性格を持つものではありませんが,文庫ファンとしては,
岩波文庫と関係の深い著者が続々と登場してくることに意味があります。

『文庫』の執筆者は総勢五百余名におよび,当時の学界,文学界,言論界の指導者の大部分が登場した観がありますが,
とくに岩波文庫に関係の深い作家は自作を語り,おなじみの訳者は,翻訳のポイントや外国文学の魅力を語っています。

一般の読み物のほかには,岩波文庫の創刊当時の事情を記録した連載「岩波文庫略史」や,現在の三行広告風の解説とは異なり,
各篇400字ほどを費やしている詳しい「新刊案内」など,(このホームページを作る上で^^)役に立つ情報も満載です。

いうなれば岩波文庫の「教養主義」を読者ともども,とことん追い求めた雑誌ですから,
その雰囲気になじめない人には,少し「気持ちの悪い」ものかもしれません。それは,
「古典が流行り物のように売れるのはケシカランことだ!」
と岩波文庫がベストセラーに入ったことを怒る”読者の声”などで一層強く感じられますが,当時の読者の一途な気持ちが,
現在の岩波文庫の「世間的な評価」を作り上げてきたことは確かでしょう。

雑誌『文庫』の揃いは,ときどき古書店で結構な値段を付けられているのを見かけましたが,幸いなことに,1997年,
創刊70周年を記念して10巻に合冊された「復刻版」が出ました。セット価格21000円での限定販売は,”若い”岩波文庫ファンにとって,
悩んでいる余地はありません。いまのうちですよ

雑誌『文庫』
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