「邪馬台国」ファンというのは多いようで,遺跡の新発見などがあるたびに,町が観光地化するほどのにぎわいをみせるようですが, 身近とは言えない西洋の古代史についても,たとえばシュリーマンの「古代への情熱」 などを子供の頃に読み,古代ギリシャへのあこがれを抱いた方も多いのではないでしょうか。
しかしながら,岩波文庫にもいろいろ収められているギリシャ神話やホメロスなどを読んでみても, どうもコロコロと読み方が変わる神々の名前や,あまりに長大でくどい言い回しの詩に負けてしまい, 面白く読めるのは考古学者の苦難と栄光の自叙伝ばかり....ということになってしまいました,私の場合。
ところが,そんなホメロス音痴をも興奮させてくれる楽しい本がありました。それが, アメリカの歴史学者フィンリーによる「オデュッセウスの世界」(岩波文庫1994年刊)。 これはもともと1954年に書かれた本なので,岩波文庫に収められた本としては,とくに新しいものともいえるでしょう。
その理由の一つとなるかどうかわかりませんが, 本書は題名から受けるホメロスの叙事詩やギリシャ古代史に関するやさしく書かれた本....という啓蒙書的イメージとは裏腹に,実は, 現在のギリシャ古代史研究に大きなインパクトを与えた記念碑的著作なのです。そのポイントは, フィンリーがホメロスを精細に読みすすめるにあたって採った新手法にあります。
フィンリーはまず,ニーベルンゲンの歌やローランの歌など,各国に残された他の叙事詩を比較検討することにより,「イリアス」や 「オデュッセウス」の成立過程を明らかにし,一方で,文化人類学的な手法, とくに未開社会の研究をもとに,古代ギリシャの社会構造を明らかにしました。
それによりフィンリーの得た結論は,従来の定説を覆す画期的なものでした。
本書が出版され大きな反響を呼んでから,ギリシャ暗黒時代の研究がにわかに活性化し,古代ギリシャ文字の解読や, トロイヤの発掘調査が盛んに行われるようになりました。一方,そのような学術的見地での重要性のほかに,本書は叙事詩からの豊富な引用や, シュリーマンの発掘調査に対する評価など,ホメロスや古代ギリシャに興味のある一般の古代史ファンにとっても, たいへん楽しい読み物となっています。
そういう意味では,梅原 猛の古代史本のような雰囲気もありますかね...。お薦めです。