岩波文庫80周年にあわせて,新しい解説総目録をもとに,10年ぶりに未完結本をまとめてみました(前回のまとめはこちら)。当然ながら,この10年間に完結した書目はありません・・・。
シリーズものの文庫は文学全集と違って,廃刊にならないかぎり,未完結なのが当たり前ですから,ここでいう「未完結文庫本」というのは,(上)(中)(下),または(1)(2)(3)・・・・などと刊行が予定されていた書目が,何らかの理由で(上)のみ,あるいは(1)(2)のみで途絶し,長い期間を経ても未だ完結していない場合です。
ほかに,岩波文庫の場合,戦前に一部を刊行したまま未完結となり,戦後あらためて一から出直して完結した書目もありますので,今回はそれもあわせて未完結書目としています。
■錦里文集 全2冊 木下順庵校訳 1953 下巻未刊
■明六雑誌 全3冊 山室信一校注 1999 中巻以降未刊
■宋名臣言行録 全3冊 和田清校訂 1948 下巻未刊
■雍州府史 全2冊 黒川道祐校訂 2002 下巻未刊
■日本滞在記 全3冊 ハリス 玉城肇訳 1944 中巻以降未刊
(坂田精一訳で1954完結)
■道具と人類の発展 全2冊 ノワレ 1954 下巻未刊
■大地と人類の進化 全2冊 フェーヴル 飯塚浩二訳 1941 下巻未刊
(飯塚・田辺訳で1972完結)
■芸術におけるわが生涯 全3冊 スタニスラフスキー 島田謹二訳 1942 中巻以降未刊
(藤原惟人訳で1956完結)
■意志と表象としての世界 巻数未定 ショーペンハウエル 1941 正篇第1巻のみ。以降未刊
■人間的余りに人間的 ニーチェ 全2冊 1937 下巻未刊
■言語 全2冊 イェスペルセン 1981 第2巻未刊
■化学通信 全4冊 リービッヒ 1952 第3巻以降未刊
■うつほ物語 河野多麻校訂 1957 第2巻以降未刊
■源平盛衰記 全5冊 冨倉徳次郎校訂 1944 第2巻以降未刊
■吾妻鏡 全8冊 竜粛訳注 1944 第6巻以降未刊
■嬉遊笑覧 全5冊 喜多村〓庭 2005 第5巻未刊
■甲陽軍艦 全4冊 古川哲史校訂 1950 第2巻以降未刊
■アメリカのデモクラシー 全4冊 トクヴィル 2005 第2巻上下未刊
■経済学原理 全7冊 スチュアート 1980 第4巻以降未刊
■資本論 巻数未定 マルクス 河上肇訳 1929 第1巻5分冊まで刊 以下未刊
(向坂訳1956,1070で完結)
■「J.S.ミル経済学原理」への評解 全3冊 チェルヌィシェフスキー 1951 中巻以降未刊
■レーニン哲学ノート 巻数未定 松村一人訳 1956 第3巻以降未刊
(同訳者にて1975全2冊完結)
■毛詩抄 全4冊 清原宣賢講述 1942 第3巻以降未刊
■中国小説史 全2冊 魯迅 1981 戦前版の改訳だが下巻未刊
■カンタベリー物語 全3冊 チョーサー 1973 中巻以降未刊
(同訳者にて1995全3冊完結)
■ユリシーズ 全5冊 ジョイス 1958 戦前版は完結。第2巻以降未刊
■U.S.A. 全6冊 ジョン・ドン・パソス 1978 第3巻以降未刊
■ゲーテ詩集 全4冊 茅野蕭々訳 1941 第2巻以降未刊
(片山・竹山訳1957で完結)
■断章 全3冊 ノヴァーリス 1942 下巻未刊
■ドイツ民譚集 全5冊 シュワープ 1948 第2巻以降未刊
■カサノヴァ回想録 全20冊 岸田国士訳 1956 第8巻以降未刊
ちまたで話題の「ダ・ヴィンチ・コード」。文庫版も大変な売れ行きらしい。
この「ダ・ヴィンチ・コード」について,Excite Bit コネタで,『単行本は上下巻の2冊なのに文庫本は上中下の3冊である。・・・なぜ同じ作品でも単行本と文庫本とでは冊数が違うのだろう』という疑問に出版社が答えている。
それによると,『昔は単行本が上下2巻だったものを文庫本で1冊に合本するということもありましたが,現在では一般的に文庫本は売上面や流通上のことを考えて単行本よりも冊数が増える傾向にあります。文庫本は薄い方が手にとりやすく読みやすいですし,軽い方が持ち運びしやすいので小さくした方が好まれるんです。あと,人気の作品の場合は上下2冊よりも上中下と3冊並べる方が目立つので売上げが伸びるという効果もあります』とのこと。
ところで,販売当初はそれでよいのだろうが,一度品切れ絶版になると,分冊モノはなかなか見つけるのに苦労する。古書店などで,上・下巻など,何冊かに分冊されている文庫本の一つを見つけ,ポピュラーな書目だから片割れもすぐに見つかるだろうと高を括っていると,これがなかなか見つからないという経験のある人も多いだろう。
岩波文庫の場合,途中でこけてしまった書目がたくさんあるから,「もともと無かった」ということにならないように,事前に調べる必要があることはもちろんだが,下巻だけあって上巻がどうしても見つからないときなど(いわゆる,後家さん),なんとも情けない気持ちになる。
分冊モノがなかなか見つからない原因の一つとして,すべての分冊が同じ部数印刷されているわけではなく,一般に「あとの方」になるほど発行部数が減っていくことが挙げられるだろう。たとえば,岩波文庫フェア「わが心の世界文学」のパンフレットには,書店向きのセット販売の案内があるのだが,ここに分冊ものの配本比率が示されている。
そこには,唐詩選など3分冊ものは,(上)5冊(中)3冊(下)2冊の配本比率。嵐が丘など2分冊ものは,(上)5冊,(下)3冊。グリム童話5分冊は,(1)5冊,(2)3冊,(3)~(5)2冊。モンテ・クリスト伯7分冊は,(1)5冊,(2)3冊,(3)~(7)2冊,などと先細りの傾向が示されている。
唐詩選はともかく,モンテ・クリスト伯を第1巻だけ読んで終わりにする,というのは考えられないが,実際の売れ行きを勘案すると,こんなものなのだろう。
これに関して,古い資料だが岩波書店「文庫」1958年3月号に,岩波自身が次のように記している。
「昨年末から正月にかけて,「モンテ・クリスト伯」が巻数によって品切れになり,ご迷惑をおかけしました。営業部では,毎月末に棚卸しを行って,在庫部数を調べています。在庫1800点の毎月の出品部数は,書名が違うようにまちまちです。毎月数千部のものから,百部以下位しか需要のないものもあります。また,つづきものになりますと最初の巻とあとの巻では,出品部数が違ってきます。読者の方々の根気がわかって面白いものです。・・・たとえば,「源氏物語」の第一巻は初版以来15万売れましたが,最後の第五巻はその三分の一も売れたでしょうか。「戦争と平和」も第一巻の15万に対し第八巻はその三分の一といった状態です。この出品部数と在庫部数を睨み合わせて重版をしてゆくわけです。ところが,映画化されたり,舞台にかかったりして,急に出品部数がふえることがあります。「モンテ・クリスト伯」の突然の品切れは,ラジオのためのようでした。」
我が国の愛書家の間で,とくに愛好されているものに「精興社本」がある。精興社は,1913年(大正2年)に白井赫太郎の創業した印刷所で,大正13年以来,岩波書店発行の出版物の印刷の多くを担当してきた。美しい活版印刷(金属活字による印刷)で知られている。
精興社では活版印刷の生命は活字にあるとして,1930年に従来の活字書体の改刻改良を君塚樹石に依頼,精興社タイプと呼ばれる活字書体(約5万字)を8年の歳月をかけ、完成させた。これは,可読性を十分に考慮した上で,他に率先して美しい細目活字を採用したもの。
ほかにも,活字の自家鋳造を完備して,当時としては珍しい活字1回限り使用(活字を1度使用したら再使用せず,そのまま次の地金用に溶かしてしまう)を行ったり,印刷の際には木製の鉛版台ではなく,金属製の版台を用いて版面の均一化をはかるなど,精度向上に努めた。
また何日かに分けて印刷されるような頁の多い本は,前日と同じような印刷の調子になるまで何度も試験刷りをして,違和感のないように注意を払っていた。
岩波文庫の奥付を見ると精興社印刷のものが沢山ある。初期の岩波文庫のエピソードとしては,昭和の初め,精興社で印刷した岩波文庫の一部にあまりできの良くないものが見受けられたとき,それを知った白井翁は,岩波書店にも知らせず,社員を総動員して,小売店の店頭にあるその岩波文庫をすべて買い占めてしまったとのこと。
オフセットの時代になっても,活字の精興社書体を可能な限り再現するために,活版印刷の印圧や滲みなども考慮し,精興社書体の持つ美しさと読みやすさを損なわないように工夫している。
精興社については,岩波ジュニア文庫「カラー版 本ができるまで」や庄司浅水著作集第14巻を参照。
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最近はインターネットのWeb上で,絶版文庫の販売を行う書店が増えてきた。その中で, 比較的古い文庫を扱っている書店をいくつか紹介したい。【取扱分野】は,各店の分類による。 |
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★絶版文庫専門店 フィルスト文庫
(神奈川県相模原市) |
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★絶版文庫専門店 氷川書房
(東京都葛飾区) |
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★苔花堂書店
(東京都国分寺市) |
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★黄麦堂
(横浜市) |
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★楡書房
(神奈川県座間市) |
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★ふるほん文庫やさん
(北九州市) |
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★風書房
(東京都豊島区) |
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★するが書房
(静岡市) |
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★竹林堂書店
(福岡市) |
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★季節書房
(佐賀市) |
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★あべの古書店
(静岡市) |
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★湘南堂ブックサーカス
(神奈川県藤沢市) |
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★梁山書林
(豊川市) |
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★萬重宝
(静岡市) |
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★古本文庫横町
(東京都目黒区) |
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★湘南股旅堂
(神奈川県茅ヶ崎市) |
黄帯
緑帯
赤帯
家計簿で本代は教養娯楽費に入るという。教養なのか娯楽なのか,ハッキリしてくれ!と思うのだが, 所詮,どちらも普通の家庭にとって腹の足しにならんもの,という括りであるのか。
亭主の本代は極限まで削らされ,文庫本1冊買うのにも本屋の棚の前で思案にくれる ....という惨めな生活が続くと, 卑屈になっていかんですな。(あぁ,ひたすら買い まくった学生時代が懐かしい!)
それでも現代は,多少なりとも生活に余裕がでたせいか,本代の家計に占める 割合は上昇しているらしい。
古い資料だが,日本人が書籍に使う金額を都留重人が次のように紹介している。 書籍に使うお金は, 終戦直後の昭和21年で家計の0.13%。1ヶ月1万円として 本代は13円。今だと400円位か。 これでは★1つの岩波文庫を1冊も買えない。
同じ頃,書籍代が消費支出にしめる割合は,米国0.34%,英国0.29%であったから,日本はこれらの国に 比べて1/2 ~1/3に過ぎない。もっとも,他の国にしても,決して多い数字ではなかったが。
そこで,昭和初期の1冊1円ポッキリ「円本」大流行となるのだが, 文庫本でも岩波に先行するアカギ叢書が,名作何でもかんでもダイジェスト1冊10銭という のを始めて, かなり流行った。
これに対して岩波茂雄は,古典作品を全部完訳にし,廉価で刊行しようという計画を たてたが, さていくらにしたらよいものだろうかと悩む。そこで当時,新しい文庫刊行に当たって,原価計算を したのは, 製本所から岩波の経理へやってきた大谷市三という老人で, この人が文庫★1つ100ページを20銭でできると計算。それは 著者の印税を10%とし, 1万部売って200円儲かるという目論見であった。
実際は,1冊20銭均一では冊数があまりに増えてしまうため,★3つ4つ位のものは 1冊にまとめて出すことになったのだが, 「20銭ずつ読んでいこう」は 岩波文庫ファンの合い言葉となった。
岩波文庫の発行状況を見ると,初期のタイトルはほとんど1万部以上刷っており, 初版で 「藤村詩抄」5万部,「古事記」「日本書紀」が3万,「万葉集」「こころ」 「たけくらべ」などが2万,「奥の細道」3万5千, 「若きウェルテルの悩み」3万, などという記録が残されている。もちろん,岩波文庫の性格上,初版部数千部という 特殊な本も出しているが,まずは当初の予想通りの立ち上がりであった。
参考までに昭和26年,岩波は「岩波文庫は他社の文庫に比べて,安いのか 高いのか?」 という読者の質問に答えて,
| 文庫名 | 既刊点数 | 平均頁数 | 平均定価 |
| 新潮文庫 | 176点 | 124頁 | 40円 |
| 角川文庫 | 63点 | 107頁 | 30円 |
| アテネ文庫 | 105点 | 72頁 | 30円 |
| 岩波文庫 | 878点 | 122頁 | 30円 |
と岩波の健闘ぶりを示したあと,「値段の高低は,内容,校正,造本三者の質 に対する評価によってお考えいただきたい」といっている。
(注)稼動点数は絶版を除き、実際に書店に流通している点数。別だてのシリーズの点数も入っている。
「現代文庫」という名は,あまりに芸がない気もするが,「現代文庫」が出たことによって,既存の岩波文庫は, 「古典文庫」としての地位がようやく確定したわけで,これはこれでめでたいこと。 岩波文庫になるべく新しい作品もとりこんでいきたい,という最近の方針は何処へ行ったか定かではないが....。 考えてみれば,昭和2年創刊時の岩波文庫は,その時代の新しい作品も取り込んでいたわけで, それは当時の作品が既に将来の古典としての力があった,あるいは岩波がそれを見通した気になっていたのに対し,あえて今回, 現代文庫という亜種を持ち出したのには,現代の作品に対し岩波が,それらを古典になりうる作品, 岩波文庫にふさわしい作品と認めるだけの自信がないという態度の現れともいえ,「現代文庫」という名が, なんとなく脆弱な感じを与える理由も,その辺にありそうだ。。
岩波文庫は,他の文庫が古典路線を捨て去ったことにより,自然に差別化されてきた。岩波現代文庫を, 他の文庫や新書と差別化するポイントはどこか。刊行予定のリストを見ても, ちくまや講談社のラインナップとどこが異なるのか,ハッキリしない。それらは,岩波が現代の作品を広く渉猟し, セレクトした優れた作品であるのか,あるいは,単に岩波書店で出版した一般書の廉価版に過ぎないのか。
文庫,新書と常にパイオニアを自任してきた岩波が,あえて他社の土俵に踏み込んで勝負する「現代文庫」。 岩波文庫創刊の辞に謳ったように,「現代文庫」もファンを得て,恒久的な事業と成りうるのか。 これはなかなか前途多難と思われる。
文庫本を読むための参考資料(書籍および雑誌)です。
| 文庫目録・カタログ | |||
| 総合文庫目録 | 総合文庫目録刊行会 | 1998 | |
| 便利な文庫の総目録 | 柿添昭徳編 | 1996 | 文庫の会(日本出版販売) |
| ニッポン文庫大全 | 紀田順一郎ほか編 | 1997 | |
| 岩波文庫解説総目録 | 岩波文庫編集部編 | 1997 | 岩波書店 |
| 角川書店図書目録 昭和20-50年 | 角川書店編 | 1995 | 角川書店 |
| 文庫本学 | |||
| 雑誌「文庫」 | 岩波文庫の会 | 1997(復刻) | 岩波書店 |
文庫本雑学ノート |
岡崎武志 | 1998 | ダイヤモンド社 |
| 文庫そのすべて | 矢口進也 | 1979 | 図書新聞 |
| 文庫本繁昌記 | 矢口進也 | 1984 | 日本古書通信社(こつう豆本) |
| 文庫の整理学 | 紀田順一郎 | 1985 | 講談社 |
| 岩波書店 岩波茂雄 | 栗田確也編 | 1968 | 栗田書店 |
| ブックガイド | |||
絶版文庫交響楽 |
近藤健児 | 1999 | 青弓社 |
岩波文庫の黄帯と緑帯を読む |
門谷建蔵 | 1998 | 青弓社 |
| 岩波文庫の赤帯を読む | 門谷建蔵 | 1997 | 青弓社 |
| 絶版文庫の漁誌学 | すずきゆたか | 1988 | 青弓社 |
| 絶版文庫発掘ノート | 岩男淳一郎 | 1983 | 青弓社 |
| BOOKMAN(No.1-30) | 瀬戸川猛資ほか | 1982-91 | トパーズプレス |
| 文庫一番煎じ | 柿添昭徳 | 1995 | 世界文化社 |
| 文庫本の快楽 | 安原顕編 | 1992 | メタローグ |
| 文庫中毒 | 井狩春男編 | 1992 | ブロンズ |
| 文庫へのみち(正続) | 小田切進 | 1981 | 東京新聞出版 |
| この文庫が好き! | 小説トリッパー編 | 1998 | 朝日新聞社 |
| 文庫新書で読む日本の書物「古代編」 | 小山田和夫 | 1997 | 笠間書院 |
| ザ★文庫快説001(ゼロゼロワン) | 遊工房編 | 1992 | メディアパル |
| 風の文庫談義 | 百目鬼恭三郎 | 1991 | 文藝春秋 |
| 活字中毒養成ギプス | ぼくらはカルチャー探偵団編 | 1998 | 角川書店 |
| ジャンル別文庫本ベスト1000 | 安原顕編 | 1995 | 学研 |
| 私の好きな文庫本ベスト5 | 安原顕編 | 1994 | メタローグ |
| 立川文庫の英雄たち | 足立巻一 | 1987 | 中央公論社 |
| タイトル | 著訳者 | 著者別番号 |
| 中江兆民評論集 | 松永昌三編 | 青110-2 |
| 日本風景論 | 志賀重昴 | 青112-1 |
| 妾の半生涯 | 福田英子 | 青121-1 |
| 西田幾多郎哲学論集(3) | 上田閑照編 | 青124-6 |
| 貧乏物語 | 河上 肇 | 青132-1 |
| 自叙伝・日本脱出記 | 大杉 栄 | 青134-1 |
| 女工哀史 | 細井和喜蔵 | 青135-1 |
| 基督教の起源 | 波多野精一 | 青145-1 |
| 地震・憲兵・火事・巡査 | 山崎今朝弥 | 青160-1 |
| 工藝文化 | 柳宋悦 | 青169-3 |
| 暗黒日記 | 清沢 洌 | 青178-1 |
| フランス・ルネサンスの人々 | 渡辺一夫 | 青188-1 |
| ヨオロッパの世紀末 | 吉田精一 | 青194-2 |
| 岡正雄論文集 異人その他 | 大林太良編 | 青196-1 |
| 荀子 | 荀子 | 青208-1,2 |
| 陶庵夢憶 | 張岱 | 青217-1 |
| 実践論・矛盾論 | 毛沢東 | 青231-1 |
| 章炳麟集 | 西純蔵訳 | 青233-1 |
| 日蓮文集 | 兜木正亨校注 | 青305-1 |
| 魔訶止観 | 天台大師 | 青309-1,2 |
| 天台小止観 | 天台大師 | 青309-3 |
| 往生要集 | 源信 | 青316-1,2 |
| 仏教 | ベック | 青324-1,2 |
| 明恵上人集 | 久保田淳校注 | 青326-1 |
| ルネサンスと宗教改革 | トレルチ | 青417-1 |
| 大森貝塚 | モース | 青432-1 |
| 日本切支丹宗門史 | レオン・パジェス | 青433-1-3 |
| オデュッセウスの世界 | フィンリー | 青464-1 |
| 十八世紀ヨーロッパ監獄事情 | ジョン・ハワード | 青465-1 |
| ミカド | グリフィス | 青468-1 |
| ベートーヴェン音楽ノート | ベートーヴェン | 青501-2 |
| 人間機械論 | ド・ラ・メトリ | 青620-1 |
| プロレゴメナ | カント | 青626-3 |
| ヘーゲル政治論文集 | 金子武蔵訳 | 青629-6,7 |
| 哲学史序論 | ヘーゲル | 青629-8 |
| 将来の哲学の根本命題 | フォイエルバッハ | 青633-3 |
| 不安の概念 | キェルケゴール | 青635-2 |
| 人間認識起源論 | コンディヤック | 青646-1,2 |
| 聖なるもの | オットー | 青811-1 |
| コリャード懺悔録 | 大塚光信校注 | 青814-1 |
| シレジウス瞑想詩集 | 植田重雄訳 | 青819-1,2 |
| 天体の回転について | コペルニクス | 青905-1 |
| 星界の報告 | ガリレイ | 青906-5 |
| 和泉式部集・和泉式部続集 | 和泉式部 | 黄17-2 |
| 好色五人女 | 井原西鶴 | 黄204-4 |
| 江戸怪談集 | 高田衛編 | 黄257-1-3 |
| 元禄世間咄風聞集 | 長谷川強校注 | 黄207-1 |
| 柳多留拾遺 | 山澤英雄 | 黄217-7,8 |
| 漱石文芸論集 | 夏目漱石 | 緑10-0 |
| 文学論集 | 夏目漱石 | 緑11-7,8 |
| 漱石書簡集 | 三好行雄編 | 緑11-13 |
| 俳諧大要 | 正岡子規 | 緑13-7 |
| 松蘿玉液 | 正岡子規 | 緑13-8 |
| 筆まかせ抄 | 正岡子規 | 緑13-9 |
| 日本橋 | 泉鏡花 | 緑27-7 |
| 宣言 | 有島武郎 | 緑36-3 |
| 夢の女 | 永井荷風 | 緑42-4 |
| 赤光 | 斉藤茂吉 | 緑44-1 |
| 白秋愛唱歌集 | 北原白秋 | 緑48-3 |
| 迷路 | 野上弥生子 | 緑49-2,3 |
| 至福千年 | 石川淳 | 緑94-2 |
| 古句を観る | 柴田宵曲 | 緑106-1 |
| 伊藤静雄詩集 | 杉本秀太郎編 | 緑125-1 |
| 日本アルプス | 小島烏水 | 緑135-1 |
| 眼中の人 | 小島政二郎 | 緑147-1 |
| 世界憲法集 | 宮沢俊義編 | 白2-1 |
| リヴァイアサン | ホッブス | 白4-1-4 |
| デモクラシーの本質と価値 | ケルゼン | 白16-1 |
| ミル自伝 | 朱牟田夏雄訳 | 白116-8 |
| マルクス経済学批判 | 武田隆夫訳 | 白125-0 |
| 古代社会 | モルガン | 白204-1,2 |
| 金枝篇 | フレイザー | 白216-1-5 |
| 紅楼夢 | 曹雪斤 | 赤18-1-19-2 |
| 笑府 | 馮夢竜撰 | 赤32-1,2 |
| シャクンターラ姫 | カーリダーサ | 赤64-1 |
| 朝鮮童謡選 | 金素雲訳編 | 赤70-1 |
| ダフニスとクロエー | ロンゴス | 赤112-1 |
| モル・フランダーズ | デフォー | 赤208-3,4 |
| 透明人間 | ウェルズ | 赤276-2 |
| 果てしなき旅 | フォースター | 赤283-1,2 |
| どん底の人びと | ジャック・ロンドン | 赤315-2 |
| 親和力 | ゲエテ | 赤406-8 |
| アルト=ハイデルベルク | フェルスター | 赤427-1 |
| 憂愁夫人 | ズーデルマン | 赤446-1 |
| 果てしなき逃走 | ヨーゼフ・ロート | 赤462-1 |
| パンタグリュエル物語2,3,4 | ラブレー | 赤502-2-4 |
| フィガロの結婚 | ボオマルシェ | 赤522-1 |
| 戯れに恋はすまじ | ミュッセ | 赤536-1 |
| 感情教育 | フローベール | 赤538-3,4 |
| ノア・ノア | ゴーガン | 赤549-1 |
| トルストイの生涯 | ロマン・ローラン | 赤556-1 |
| 大尉の娘 | プーシキン | 赤604-3 |
| 即興詩人 | アンデルセン | 赤741-1,2 |
| 兵士シュヴェイクの冒険 | ハシェク | 赤773-1-4 |
| 山椒魚戦争 | チャペック | 赤774-1 |
最近は,いちいち購入した本に蔵書印を押したり,
識語を書き込むという人は少ないと思いますが,古書店で古い文庫本を探していると,蔵書印が押されていたり,
書き込みのある本によく出会います。いまは本があふれかえってしまったためか,
一冊一冊の文庫本を自分の精神的な財産,糧として愛着を感じ,蔵書印を押したり,
感想を書き込むということが少なくなってしまったようです。
一般には蔵書印や書き込みのある古書は, それがその書に関わる由緒ある印や書き込みである場合を除いて嫌われていますが,文庫本は, よい意味で"読めればよい"本なのですから,印や書き込みがあるからといって敬遠する必要はありません。(写真は昭和5年 『回想のセザンヌ』への印とサイン)
蔵書印はたいてい扉ページに押されており,立派に篆刻された印であったり,
単なる三文判であったりします。たとえ三文判であっても,そこには単に文庫本を消耗品,
読み捨ての本とのみとらえない,所有者の愛情が感じられて嬉しく思います。また,一つだけではなく,
明らかに異なる複数の人により押されていることもあり,流れ流れてここまでたどり着いた,
その小さな文庫本の歴史を感じることもできます。
以前,神田の山陽堂書店で古い岩波文庫をよく買っていたときには,同じ蔵書印が押された本にいくつも出会いました。 文庫本といえども,蔵書印を押したり,"熱い"書き込みがあるものを,簡単に手放すとは考えにくいので, これは本人亡き後に整理されたもの....と考えたいところです。
蔵書印については,鴎外の「渋江抽斎」(岩波文庫にもあります)に関して,こんなエピソードがあります。
鴎外は歴史小説を書くために「武鑑」を蒐集していくうちに,抽斎の蔵印のあるものに少なからず行き当たり, そのうち上野図書館蔵の「江戸鑑図目録」は渋江の稿本にして蔵印が押されてあるばかりでなく, 抽斎云として考証を加えてあるのを見るや,やがて渋江氏が抽斎であったことが判明し,ようやく抽斎探求熱が燃え上がって, 史伝小説をまとめ,この忘れられていた抽斎の名を世間に知らしめた,ということです (東大図書館には鴎外の手写したものがある由)。国会図書館には抽斎の蔵書が漢籍,黄表紙など26点あるそうな。
蔵書印は,書店に行けば出来合いのゴム印も売っていますが,せっかく作るのでしたら, オリジナルのかっこいいものを作りたい! という方には,蔵書印の篆刻をしてくれる工房があります。
南州堂 - 電子メールやFAXによる注文も可能。セール等も実施。
エーエーインターナションル - 日本で注文し中国で製作。インターネットで資料請求。
文庫本の場合,注意しなければいけないのは,判型がもともと小さいので,
通常の25~30mm角の印では,やや大きすぎるということです。私の中国製の蔵書印は25mm角なので,
文庫本に押すにはちょっとじゃまです(18~21mmくらいがよいようです)。
本にあわせて何種類か用意できるといちばんよいのですが。
書き込みのほうは,本文の最終ページか奥付に書かれているものが多く,内容は,購入に関するもの(購入年月日, 購入場所など)や短い感想文,なかにはその本とまったく関係のないメモなどの場合もあります。これも蔵書印と同じく, 古い本ほど多いようで,丁寧に書かれた読後感などを読むことができます。
戦中の文庫本では,軍事教練や演習を日記風に綴ったものもあり,当時の生活の一端を知るとともに, かつてのこの書の持ち主の運命に思いを馳せざるをえません。(写真は昭和14年『春の目ざめ』への書き込み)
書店で,ある作家の小説やエッセイを探すときに,あなたはまず単行本の書棚へ行きますか,それとも文庫本の書棚へ行きますか? 私の場合,明らかに出たばかりの新刊書とわかる場合を除いて,文庫本の方へ行きます。最近のように, 単行本から文庫化される時期が早くなると,単行本をレジへ持っていく途中で,念のため....と文庫本の書棚をのぞいて,「あっ! あった^^」ということも,よくありますし。
ということで,メジャーな作家を選んで,現在流通している本の中で,文庫本がどれだけの割合を占めているのか,調べてみました。 全点数には,全集や新書を含んでいます。
| 作家名 | 全点数 | うち文庫点数 | 文庫割合(%) |
| 夏目漱石 | 142 | 59 | 42 |
| 川端康成 | 68 | 27 | 40 |
| 三島由紀夫 | 74 | 48 | 65 |
| 泉 鏡花 | 40 | 6 | 15 |
| 芥川龍之介 | 75 | 27 | 36 |
| 永井荷風 | 20 | 6 | 30 |
| 太宰 治 | 60 | 34 | 57 |
| 森 鴎外 | 47 | 26 | 55 |
| 赤川次郎 | 545 | 343 | 63 |
| 志茂田景樹 | 167 | 52 | 31 |
我が町の比較的大きな書店(120坪程度)について見てみると,これらの作家のうち,赤川次郎と志茂田景樹の新刊単行本, 新書を除くと,他の作家は文庫本しか置いてありませんでした。よって,書店で実物を見て本を買う,という一般の読者にとって,多くの作家, とくに過去に文豪と呼ばれたような作家は,「文庫」作家なのです。書店側は「文庫本しか売れない」と嘆いていますが,読者としても 「文庫本しか選べない」と言いたいところです。
一般書店のチェーン店化がすすみ,文庫本と雑誌以外は置かないような店が増えています。それに対して, 最近は大型書店によるインターネットを利用した通信販売も広まってきましたが,これらの在庫検索ページで調べて, はじめて文庫本以外にもたくさん本があったんだ!と驚く人が,これから増えるかもしれません....。
戦前に刊行された岩波文庫の中で,当局により発売禁止,または削除等の処分を受けた書目一覧
「資本論」は岩波が自主的に絶版としたため,ここには無い。
| 著者 | 書目 | 処分年 | 処分内容 |
| アルツイバーシェフ | サーニン 上下 | 昭和4年 | 発売禁止 |
| ジイド | ソヴェト旅行記 | 昭和12年 | 一部削除 |
| 田山花袋 | 蒲団・一兵卒 | 昭和13年 | 一部削除 |
| アミエル | アミエルの日記 | 〃 | 一部削除 |
| マルクス | 猶太人問題を論ず | 〃 | 増刷中止(昭和15年に発禁) |
| 〃 | 資本論初版鈔 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 賃銀・価格及利潤 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 賃労働と資本 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 哲学の貧困 | 〃 | 〃 |
| エンゲルス | 住宅問題 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 自然弁証法 上下 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 反デューリング論 上下 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 原子基督教 | 〃 | 〃 |
| マルクス・エンゲルス | フォイエルバッハ論 | 〃 | 〃 |
| 〃 | ドイッチェ・イデオロギー | 〃 | 〃 |
| 〃 | マルクス=エンゲルス芸術論 | 〃 | 〃 |
| リアザノフ | マルクス・エンゲルス傳 | 〃 | 〃 |
| レーニン | 唯物論と経験批判論 上中下 | 〃 | 〃 |
| 〃 | ロシアに於ける資本主義の発展 上下 | 〃 | 〃 |
| カウツキー | 基督教の成立 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 資本論解説 | 〃 | 〃 |
| ルイゼ・カウツキー | ローザ・ルクセンブルグの手紙 | 〃 | 〃 |
| ローザ・ルクセンブルグ | 経済学入門 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 資本蓄積論 上中下 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 資本蓄積再論 | 〃 | 〃 |
| マルクス | フランスの内乱 | 〃 | 増製本中止(昭和15年に発禁) |
| エンゲルス | 家族・私有財産及国家の起源 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 空想より科学へ | 〃 | 〃 |
| レーニン | 帝国主義 | 〃 | 〃 |
| 〃 | 何を為すべきか | 〃 | 〃 |
| 〃 | カール・マルクス | 〃 | 〃 |
| 〃 | レーニンのゴオリキーへの手紙 | 〃 | 〃 |
| 芥川龍之介 | 侏儒の言葉 | 昭和14年 | 次版改訂 |
| 武者小路実篤 | その妹 | 〃 | 一部削除 |
| 徳富蘆花 | 自然と人生 | 〃 | 〃 |
| フロベール | ポヴァリー夫人 上下 | 〃 | 一部削除・次版改訂 |
| ソレル | 暴力論 上 | 昭和16年 | 発売禁止 |
ある本を「文庫本」と呼ぶとき,それは内容を示す場合と,判型を示す場合の2通りがある。
わざわざ内容というのは,流行作品の大量販売を目的とした米国のペーパーバックスと異なり, 我が国の文庫本が古典的作品の廉価版という特殊な事情から発生したためで,文庫本は単なる安物ではなく, "優れた作品"をいつでも手に入れられるように,という立派な目的を持っていたからである。実際,辞書にも 「安価に名著を普及するために同一の判型, 装丁で続けて発刊される小型の本」と定義されている。
しかし,ご承知のように,現在の大部分の文庫本は,内容については全くペーパーバックス化しており,唯一の共通点は,その判型 (サイズ)のみとなってしまった。
一般に文庫判とは,A6サイズを指す。A判とB判の違いは,A判が面積1平方メートル,縦横比1: ルート2のものを基本として,これをA0と呼び,順次その長辺を半裁していったものをA1からA12とするのに対し, B判は面積1.5平方メートルのものをB0としている点だ。
よって,文庫判A6は148×105mm。一般の書籍A5は148×210mm(医師は太る),B6は182×126mm (人には言わじ)となっている。
そもそもこの文庫判のルーツは,江戸時代の袖珍本に遡るが,明治後期に袖珍文庫や立川文庫が発刊されたことで一般的になった。 このときの判型は四六半截だから127×94mmで,今のものよりやや小さい。
戦前の岩波文庫は菊半裁152×109mmで,やや縦長の判型だったが,戦後刊行された文庫本は,ほぼA6判で統一された。
もっとも最近では,角川書店がmini文庫なるものを出すなど,文庫本は内容でも判型でもなく, 従来の本に興味を持たなかった人を取り込むための,簡単な本に意味を変えつつあるらしい。
岩波書店は,1913年(大正2年),岩波茂雄によって創業された。この岩波文庫の生みの親, 岩波茂雄のプロフィールと岩波書店の歩みをまとめてみた。
岩波茂雄は1881年(明治14年),
長野県諏訪郡中州村の農家に生まれた。早くに父を亡くした茂雄は,98年,
東京遊学の念に燃えて,杉浦重剛日本中学校校長に手紙を書き,翌年上京。日本中学5年に入学。
1901年には,旧制第一高等学校に入学し, 同級の阿部次郎らとともに読書や聖書に親しむようになる。03年に一高生藤村操の投身自殺にショックを受け,夏の間, 野尻湖の孤島にこもるなどして,学校は落第。安部能成らと同級になる。
05年,東京帝国大学哲学科選科入学。神田北神保町に下宿する一方, 日曜日ごとに小山内薫や志賀直哉らとともに,内村鑑三の聖書講義へ出席。07年には結婚し,本郷弥生町に移り住む。このころ, 「内外教育評論」の編集を手伝う。
08年,帝大を卒業し,神田高等女学校の教師となり,教頭として修身などを教える。
13年,書店開業のため,女学校を退職。神田区南神保町に移転。同年8月5日,古本販売と新刊図書,
雑誌を扱う岩波書店を開業。書店では値引き販売が普通だった当時,正札販売をモットーとし,
店員4名での旗揚げだった。
14年9月,夏目漱石の「こころ」を刊行。岩波書店ではこれを処女出版としている。
19年からは新刊専門販売店となり,20年には小石川の中勘助宅を購入し,自宅とする。23年の関東大震災では,店舗,
印刷工場などすべて焼失するが,バラック建てで復興。24年には年間80点を刊行,店員も37名を数える。25年,最初の「図書目録」
を発行。収録点数330点。
27年,岩波文庫創刊。7月10日に23点を発行。
同月芥川龍之介自殺。遺書により全集の出版を託される。28年には岩波文庫182点を刊行したが,
売れ行き不調にて在庫が50万冊に膨らむ。
30年,岩波文庫に売上カード方式を導入。31年,雑誌「科学」を創刊。同年,「岩波文庫目録」 を作成。
32年,岩波文庫教科書版30点を発行。33年,岩波文庫「イミターショ・クリスチ」絶版。春秋社が同書を無断で出版したため告訴。 この頃,茂雄はFIAT814を愛車としていた。岩波全書を創刊。ミレーの種まく人をトレードマークにする。
36年,奥付記載の著訳者名にふりがなを付け始める。この年,新刊点数262点,店員103名。38年, 岩波文庫社会科学関係書の発禁処分。PR誌「岩波月報」を「図書」と改題。39年,奥付に落丁本・乱丁本は取り替える旨表示。39年, 従来の委託制を改め,買切り制を実施。
40年,津田左右吉の著書をめぐって,著者と岩波茂雄が出版法違反で起訴される。資材不足のため岩波文庫の栞を廃止。41年,
岩波文庫・新書も買切り制を実施。岩波文庫の活字が当局の要請により9ポイントとなる。この年,店員178名。
42年,太平洋戦争突入後,出版事情が急速に悪化し,
岩波書店の在庫も底をつく。文庫は1200点中50点,新書は80点中30点を残し品切れ。全書は全点品切れ。
当局より不要不急の翻訳ものの出版差し止め処置。翻訳文学の刊行取りやめ。
44年,用紙割り当ての減少により,多くの雑誌を休刊。45年,岩波茂雄,多額納税者議員として貴族院議員に当選。5月, 空襲のため自宅を焼失。店員の多くが疎開し,残ったのは13名。8月終戦。9月,貴族院に初登院したが,質問の機会もなく閉院。
46年4月25日,岩波茂雄没。行年62歳。
本の奥付に押された著者検印。著者や書店が,
"この本の中身は保証しますよ!"といった感じで,本好きにとっては好ましいものだったのですが,
最近めったに見かけなくなりました。
そもそもこの検印とは,著者が発行部数を確認するために押す印のことで, ふつうは奥付に,版権所有の文字とともに,著者名または出版社名の朱印が押されていました。
岩波書店では当初,著者と岩波の印をともに押していましたが,1938年よりそのいずれかのみとなり,
次第に岩波印のみのものが増えてきて,1959年に検印制度自体が廃止されました。

写真はいずれも岩波書店の刊行書に押された検印(大正3年~昭和12年)。
文庫本を買ったときに,書店でかけてくれるカバーには,いろいろユニークなものがあり,
これを書皮と称してコレクションしている人もいます(書皮友好協会)。
凝ったデザインや,有名人の手になるものなど,数多あるカバーの中に,実は岩波文庫・ 新書専用のカバーもあります。といっても,岩波文庫・新書だけサイズが違うわけではありませんから,他の文庫・ 新書本にかけられないわけではないけれど....。
このカバーを使っているのは,岩波文庫のお膝元?,神田神保町の岩波ブックサービスセンター。デザインは梅原龍三郎で,表紙の左上に 「岩波新書・岩波文庫」と書かれており,両端(折り返し部)には,湯川秀樹と井上 靖による,岩波文庫・新書へ寄せる言葉が載っています。
・岩波文庫は私の父と母だ。優しいもの,厳しいもの,烈しいもの,あらゆる生きる根源をそこから得ている
(井上 靖)。
・忙しい現代に生きる私たちは,さまざまな問題にとりかこまれている。古くからの問題のいくつかはそのまま残っている上に, つぎからつぎへと新しい問題が重なってくる。それらの問題の認識に役立つ手ごろな書物,それが岩波新書の存在の意義の一つといえるであろう (湯川秀樹)。
このカバー,もう20年以上の長い間,ほとんど変わらずに使われてきました。唯一,変わったところといえば, かつて名乗っていた岩波ブックセンター・信山社の文字が消え, 岩波ブックサービスセンターとなったことです。写真は信山社時代と,現在のカバーです。